勉強を楽しめること

元気が出てきた証拠

こんにちは。

冬場の忙しい時期があり、体と心を癒す春が過ぎた初夏の今、猛烈に何かしたくなります。

特に子供の勉強を見ている私は、自分自身も何か勉強をしたくなるのです。春ごろはただひたすらのんびりしたい、どこかにふらりと行きたいという衝動に駆られていました。しかし、それが過ぎてしまうと、どこかから探究心が沸きあがってきます。こういう感じは嫌いじゃないですし、本来の自分を取り戻した感じです。やっぱり忙しさというのは、心を亡くすと書くだけあって、自分の本質を見失わせるものなのでしょう。

勉強とともにある

こんなことを書くとおかしい人に思われるかもしれませんが、自分は子供の頃から勉強が好きでした。大好きでした。単純に知らないことを知ることが楽しい、わからないことがわかるというのは楽しかったからです。ワクワクしました。

昔は、こういうことを人前では言うことができませんでした。大抵の人は勉強は苦痛で面倒くさいものと思っているからです。みんなが勉強がイヤだという話をしているときに自分だけ「勉強は楽しい。」なんていう勇気はありませんでした。毛虫でも見るような目で見られることはわかりきっています。だからできるだけそういう話題にはならないように、静かに淡々と過ごしてきました。人とは本質的に分かり合えない。そんな風にも思っていたような気がします。

もちろん出会う人の中には自分と同じように思っている人もいます。やっぱりそういう人とは仲良くなれますし、話が合います。世の中全般の中では変わっている人たちです。

子供にも楽しんでほしい

小学校に入学する前は、誰もが勉強することを楽しみにしてます。もちろん我が子もそうでした。それが、小学校4年生になった今、勉強が楽しいと思っている子供はどれくらいいるでしょうね?

今のところ、我が子は勉強が楽しいと言ってくれています。むしろ小学校に入学したばかりのころより今のほうが楽しいと言ってくれます。これは私には本当にうれしいことです。学校教育は少なくとも9年間はありますし、実際には高校・大学と長く続くものです。学校は勉強だけするわけではないですが、勉強が嫌いで興味が沸かないものであれば、学校はつまらないものになってしまいます。

友達と遊ぶのも大事で楽しい。運動を頑張ることも大事だし楽しい。それとまったく同じように勉強をすることも大事で楽しい。そう思ってくれたら、親が勉強についてしてあげられることの大半は終わったように思えます。

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